高野山から熊野三山へ。熊野古道・小辺路〜中辺路120kmを歩いてつないだ旅の記録。
はじめに
今年のGWは、大峯奥駈道を歩く予定だった。昨年も歩いたが今年も挑戦したかった。
しかしながら、天気予報で当日の雨が強すぎると判断し、ルートを小辺路に変更することになった。山としての強度は違う。変更が決まった時、気持ちに少し余裕が生まれたのは正直なところだ。
もう一つ、頭にあったのは今回のメンバーのことだった。
タフで面白いメンツが揃っていた。変な勢いで序盤から飛ばす可能性がある。その流れに乗って誰かが潰れる。それはある種の面白さでもあるが、楽しさと冷静さの間で、自分がどう動くか、そういうことを考えながら、高野山に向かった。
高野山スタート:長い夜への期待と不安
高野山を出発した。
基本は動き続けて120kmを歩く行程だが、翌日は雨が強くなる予報が出ていたので避難小屋を使うことも想定していた。2日間の長い夜になることはわかっていた。その夜に対する不安と、どこかにある期待が混ざった状態。
スタート前の高野山では、マウンテングルメラボのメンバーと出会った。彼らは小辺路を数泊しながらゆっくり歩くスタイル。同じ道を歩くが、行程もペースも目的もまったく違う。バスで小辺路の起点に向かう間、みんなで談笑した。同じ道に入る前の、穏やかな時間だった。
マウンテングルメラボのメンバーはお酒や美味しそうな食べ物をたくさん持っていた。羨ましい。
バスを降りると、それぞれの旅が始まった。
装備は意図的に重くした。トレーニングとして荷物を増やす意味合いもあった。ポールも今回はあえて持たなかった。メンバーと歩き始める。長い夜になりそうだと思った。
熊野古道 小辺路:集落と世界遺産が交わる道
小辺路に入った。夜の道はどこも一緒のようだが、場所場所によって感じるものもある。道標を確認しながらじっくり進んでいく。夜の闇の中でヘッドライトをつけた集団はどこか異様でもある。

1日前からのタイミングで小辺路を歩いていたスタッフに遭遇。NEMOのTANIはホテルみたいとのこと。

印象的だったのは、集落の存在だった。ポツンポツンと現れる集落が、世界遺産の道の中に普通に生きている。山深い場所に人の暮らしがあり、その脇を古道が通っている。観光地として整備された場所ではなく、道と集落が自然につながっている感覚があった。

テント泊の人たちも多かった。数泊かけてゆっくり歩くスタイルの人たちが、あちこちにいた。同じ道を、まったく違うペースと目的で歩いている人がいる。それが熊野古道らしいと思った。自分たちは先を急ぐ。それでも、この道の雰囲気は歩く速さに関わらず伝わってくるものがあった。
吉村家防風林は圧巻
熊野本宮大社
小辺路を越えて、熊野本宮大社に着いた。何度も来たことがある。それでも、高野山から自分の足で歩いてきた後に見る本宮大社は、やはり特別。嬉しかった。
樹木からのエネルギー補給。なんか元気になる。

知り合いにも会えた。思いがけずで疲れた体に少し元気が戻った。
本宮大社には多くのハイカー、観光客、外国人の姿があった。世界遺産ならではの光景。国籍も目的もペースも違う人たちが、同じ場所に集まっている。

本宮大社で雨が降り出した。ここから先に備えて、支度を整えた。那智大社、速玉大社がまだ先にある。熊野三山を歩きでつなぐ行程の、まだまだ中間地点。準備を終えて、また歩き出した。
中辺路:胴切坂の夜の雨、1kmが異常に長い
中辺路に入る。中辺路の方が優しいだろうと思い込んでいた。それが甘かった。
大きな登りが二つある。小雲取越と大雲取越だ。足元は悪くないが、なかなかに長い。雨のせいで水たまりを避けながら歩かなければならない場面が多く、薄暗い中を淡々と進む時間が続いた。小雲取越のあたりから、みんなの言葉数が少なくなっていった。

レインウェアにはポンチョを使用した。しかしポンチョは蒸れる。内側から汗で濡れて、結局どこかが濡れる。ゆっくり歩くのには良いが、今日みたいな日には適さない。
避難小屋で休む予定があったことも、気持ちをネガティブな方向に作用せた。甘さが出たというか。急いで登る必要がない。その甘えからか、体よりも先に気持ちが重くなった。
大雲取越はさらに厳しかった。特に胴切坂。1km進むのに数十分かかる急登だった。この夜の胴切坂が、今回の行程で一番きつかった場面として記憶に残っている。
避難小屋:嵐の夜、小屋がなければ
胴切坂を越えて、避難小屋に着いた。
雨はそれなりに降っていた。小屋に入り、まず全身着替えた。濡れた体に乾いた服を着る。温かいものを食べて、身体を整えた。雨が止むのは夜中の3時から4時頃という予報だったので、そこまで休んで4時には出発する予定を立てた。
疲れていた。言葉数は少なかった。気がつくと寝てしまっていた。
夜中、風と大雨の音で目が覚めた。外はとても歩ける状況ではなかった。この避難小屋がなければどうなっていただろうと思うくらい、厳しい雨だった。

明け方、雨が落ち着き出発した。
ここからは基本的に下り基調であるが、風が強く、足元は川のようになっている。ただ、仮眠を取れたおかげで体も心もとても元気。難なく進みながら、熊野古道らしい道を進んでいく。



那智・速玉へ:近いようで遠い道
那智大社についた時には少し暑くなっているくらいで、天気も良く風もおさまっていた。昨日の雨で、那智の滝はすごい水量。なかなか見応えがあった。


那智大社から速玉大社までの道はロードがほとんど。歩いてもバスに間に合うか?いやギリギリか?途中から間に合わないなという雰囲気に。バスの時間が迫っている。風呂にも入りたい。時間がない。自然な流れで、みんなで走った。
途中の野湯でリフレッシュできた
ずぶ濡れになった靴の中で、足の裏が熱を持っていた。水ぶくれや豆になりそうな感覚があった。そんな状態でロードを走るのは、なかなかきつい。
サンダルを持ってきていたので、みんなルナサンダルやワラーチに履き替えて走り出した。サンダルでのロードランはダメージをくらいやすい。それでも、靴よりはマシだった。結構きつかったが、全員走り切った。

速玉大社に着いた。ここでも知り合いに偶然会えた。熊野古道を歩くと、どこかで誰かに会う。そういう旅だった。
その後は風呂に入り、海鮮丼を食べて、ビールを飲んだ。120km歩いた後の海鮮丼とビールは、格別だった。疲れと達成感と、冷えたビールが混ざった時間。それ以上何も必要ないくらい。

装備と行動スタイルについて
今回の装備は、意図的に重くした。トレーニングとして荷物を増やす意味合。ポールもあえて持たなかった。その分、体への負荷は上がった。それなりに疲れたが、それが目的でもあった。
何で重くしようかと思ったが、着替えを多めに持った。避難小屋で全身着替えたあの瞬間、濡れた服から乾いた服に着替えることでとても幸せを感じた。長時間行動では、濡れたまま続けるより、着替えられる状態にしておく方が精神的にも体的にも違う。その代わり重量は増えるが。
サンダルの存在も大きかった。最後の那智から速玉へのロードと帰りの電車でこれが活きた。長時間濡れた靴を履き続けた足には、サンダルへの切り替えが有効だった。装備の選択はスタイルや内容によって変わる。今回は旅とトレーニングを掛け合わせたような内容だったので、こういうスタイルで臨んだが、チャレンジングな時はもっと荷物を削る。
また、今回のスタイルで一番気に入ったのはフードのレイヤリング。薄いベースレイヤーとウィンドシェルの組み合わせは、さまざまな天候に対応しやすい。今年発売されたパタゴニアのキャプリーンクールウルトラはとても薄く通気性が良い。この薄さであれば日除けとしても使えるレベル。それでも風が吹いている時は多少なりとも温かいし、行動中はこれだけでも助かる環境帯がある。さらにウィンドシェルを被れば、暖かさの度合いが増す。ごく薄いので、ベースレイヤーのフードはしないで、ウィンドシェル単体のフードも可能。両方のフードをつけていない時でも邪魔にならないくらい薄い。

キャプリーンクールウルトラはパタゴニア史上一番薄いキャプリーン。非常に便利。
熊野古道という旅
熊野古道を歩いて思うのは、旅としての密度の高さだ。
山があり、集落があり、川があり、滝があり、海がある。古い道と人の暮らしが近い距離で交わっている。山だけを歩くのとは違う。信仰の場として続いてきた道を、自分の足でたどっていく感覚がある。それは速く歩いても、ゆっくり歩いても、それぞれの形で伝わってくるものだと思った。
歩くことでしか届かない距離がある。高野山から熊野三山をつないで、それを体で感じた。
次に歩くなら、また無泊スタイルで行くと思う。夜の山には夜にしかない特別な時間がある。きつかった胴切坂の夜も、避難小屋での嵐の夜も、あの時間がなければこの旅の記憶はここまで濃くならなかった。
熊野古道は歩きやすい。テント泊でも、ファストパッキングでも、走っても歩いても、それぞれのスタイルで入っていける道だ。興味がある人も多いと思うので、是非とも歩いてみてほしいと思います。
総距離 123.2km / 累積標高 5,630m / トータル経過時間 37時間22分

