もくじ

はじめに — ゴール地点で聞いた言葉


ゴール後、羽田の大鳥居の下でトモさんと。

TDTをゴールした後の余韻に、ランナーやペーサー、サポート、応援、みんなが浸っていた。僕はゴール地点でトモさんと話していた。その場で、トモさんからこんな言葉が出た。

ウルトラランニングは世界を平和にする

正直な話、最初に聞いたときは大袈裟な表現に聞こえた。ところが、トモさんと話していくうちに、本当に世界が平和になるんじゃないかと感じた。超長距離を走るランナーたちを、たくさんの人が見返りなしで応援し続けている。ランナーは160km以上の距離をゴールへ向けて走る。そこに感謝や信頼、敬意、つながりのようなものが生まれる。それこそが平和の象徴ではないか。

それをこの54時間、僕自身が体現してきたではないか。

ウルトラランニングは世界を平和にする。この言葉が本当に心に沁みた。走ってよかったと思った。

2026年5月末、TDT200を走ってきた。約320km、ほぼ54時間。その記録と、最後まで支えてくれた仲間たちのこと。使用した装備のことなどを書いておきたい。


TDT200という挑戦


起点となる羽田の大鳥居、通称サロ門。TDT200挑戦の4人。

TDT200は、TDT100を完走した人だけが挑戦できる。内容はシンプルで、TDT100のコースを2セット走る。1本目は27時間以内。2本目も27時間以内。1本目を早く終えても、2本目を早くスタートすることはできない。

前提として、TDT(ツール・ド・トモ)はレースではない。主催のトモさん(井原知一さん)が「競争ではなく共走」を掲げる、みんなで走るためのグループラン。順位やタイムを競う場ではない。

羽田の大鳥居、通称サロ門を起点に、羽田から青梅まで河川敷を走り、青梅の山を登って、再びサロ門まで帰ってくるコース。おおまかに言うと、前半のロードが約60km、中盤のトレイル・山パートが約40km、後半のロードが約60km。ロードは、ずっと河川敷を進む。

TDT200では、これを2回繰り返す。全体で約320km。そのうち240km以上が舗装路や砂利道で、ロードの比率が非常に高い。ロードのダメージ、暑さ、単調さ、山パートへの切り替え、そして後半のロードでの粘り。そういうものが大きな要素になる。


きっかけは2024年のTDT100

2024年に、ぶどう坂連のじゅんこさんからの推薦でTDT100を走った(抽選があるのだが1一発で当たった!)。その年のTDT100はコースが変わって山のパートが増え、過去より厳しいという評判だった。しかしながら、実際に走ってみるととても楽しかった。自分に合っている感じがした。合っていると感じたのは、淡々と繰り返す感じと、低出力で進み続ける感覚。同じことを淡々と繰り返すのは、もちろんダメージは食らうが、そこまで嫌いではない。

走った後のダメージも、さほど大きくなかった。思ったより脚が残っていた。胃腸も大丈夫だった。眠気はあったけれど動けた。翌日も意外と普通だった。

だから2024年にTDT100をゴールしたとき、「この後、もう一回このコースを行けるか」と考えた時に、こういう準備や対策をしていたら、いけそうだな、となんとなく感じた。ずっと低出力をキープして、我慢強く走っていれば、いつまでも走っていられそうな感覚があった。実際にはそんなことは無理だが、走っていることが日常の一部のような感覚になれば、100マイルを超える距離でもずっと走り続けられるのではないかと思った。

TDT200に挑戦しようと思った理由は、その「もう一回行けるかもしれない」という感覚と、「自分がどれだけ走れるのか挑戦してみたい」という気持ち。TDT100を走った経験から生まれた、現実味のある好奇心だった。


準備 — 練習と回復は1セット

準備は、特別なことはしていない。200マイルのために、特別な超長時間練習を積んだわけではない。

僕は、練習であまりにも長時間走ったり、オーバーナイトで走ったりすることを好まない。理由は、回復に時間がかかるから。大きすぎるダメージを受けると、脚だけでなく、睡眠不足で身体全体の調子が崩れる。自律神経が乱れて、元の状態に戻るまで余分な日数が必要になる。

体の状態を見るには、時計のデータも非常に参考になる。特にHRV(心拍変動)を、体の状態の指標にしている。HRVは心拍のわずかなゆらぎから自律神経の状態を反映する数値で、疲労やストレスが溜まってくると下がってくる。数値が普段のベースラインから落ちているときは、無理をせず回復に充てる。

練習と回復は1セットだと考えている。無理な練習をして回復できなければ、その練習は意味がないものになる。

だから、日々淡々と10〜20km。ロング走も40km程度にした。夜通し走る練習は、基本的にしない方針。睡眠と回復を重視した。

一方で、当店が主催しているマウンテンクラブなどの練習会で山に入ることは多かった。距離走のボリュームとしては、トレイルランニングの練習の方が多くなった気がする。最近の練習会はメンバーの力がどんどんついてきて、一緒に走るだけでかなりパワーを使う。毎回へとへとになる。あとは、補給を取る練習。なるべく胃腸を動かし続けることができるようにトレーニングした。


心拍120のつもりが、「130を超えない」へ

早朝の羽田の大鳥居前に集まるランナーたち、地面に長い影
朝、スタート前のサロ門。長い影が伸びていた。

本番は朝8時スタート。この日は非常に暑い日だった。直射日光が強く、気温も高かった。

何を基準に走るかというのも、重要だった。普通はスピードかもしれない。キロ何分とか。もちろんそれも大事だと思うが、僕の今回の第一の基準は心拍数だった。

僕の最大心拍は200くらい。TDT200では、心拍の上限を120にして、そこに到達しないように、かなりゆっくりのペースで走るつもりだった。120は、補給していれば永遠に走れそうな強度のイメージ。普段の春先くらいの気温なら、キロ5分台後半から6分台前半で走れるペース。

ただ、この暑さでそれが難しかった。この日は、キロ7分30秒でも心拍が130近くになる。少し歩きを交えても120前後まで上がる。かといって遅すぎると、今度は制限時間に間に合わなくなる。

そこで方針を変えた。心拍120を目安にするのではなく、「130を超えない」ことにした。130を超えたら、さらにスピードを落とす。暑さの中で、身体を壊さず進み続けるためのコントロールだった。

焦りはなかった。ただ、スピードは上がらないので、時間はギリギリになるかもしれないとは思っていた。それに、次の日も走らなければならない。日焼けなどのダメージも、最小限に抑える必要があると感じていた。


1本目 — 灼熱の河川敷60km

真夏の河川敷の砂利道を走るランナーの後ろ姿、奥の高架を電車が通過
河川敷の舗装路、砂利道をひたすら進む。前半は河川敷のロードを約60km。

暑さ対策として、可能な限り水をかぶった。河川敷の所々に水道があるので、それを使う。日傘も使った。本来持っていくはずだったものを忘れてしまい、急遽探したらファミマに軽量日傘があったので購入した。日除け効果はあった。ただ、非常に風に弱く、とても走りにくかった。

1本目はサポートが自由なルール。じゅんこさん、ヒデさん、まさつる君、急遽サポートに参加してくれた坂本さんが車で移動しながら、各所で補給や氷を用意してくれた。もらった氷をT8のネッククーラーに入れて、首を冷やす。これがかなり効果的だった。

アームスリーブも紫外線対策に効果的だった。直射日光を避けながら、ヒートアップしすぎない。水で濡らせば、気化熱で逆に涼しい。暑いロードでは有効だった。


公園の水場などでは、頭から水をかぶって身体を冷やした。

夜の山は、休憩時間のような感じだった

薄暮の山あいの道でヘッドランプを点けたランナーたち
夜の山へ。ヘッドランプを点けて進む。

中盤は、約40kmのトレイルパート。1本目はここからペーサーをお願いしていて、朝からずっとサポートしてもらっているまさつる君についてもらった。

時折、TDT200を走る他のランナーと一緒に走ったり、トモさんも並走してくれたり、夜の山をヘッドランプをつけて進む。昼間の暑さに比べれば快適だった。トレイルはなんだか休憩時間のような感じで、気持ち的にも楽だった。ロードの暑さや単調さから解放される感覚があった。


夜明けのロードで、突然の鵞足炎

後半のロードは60km。山を降りた後の区間は、ちょうど夜から朝に変わっていくタイミングだった。涼しくて、とても快適に走れた。

山を降りて、夜明けの河川敷へ。

ロードパートのペーサーのヒデさんと会話していると、自然とペースが上がってしまう。会話しながら進むと、楽に速く走れてしまう。ただ、あまりペースは上げたくなかったので、後ろをついていくことにした。

それでも、走りすぎてしまった。

少し脚が重くなり始めて、残り40kmくらいで鵞足炎の症状が出た。膝を曲げるたびに、膝の内側に刺すような痛みが出る炎症。大怪我ではないが、痛い。ここ数年出ていなかったのに、急にやってきた。かなりまずいなと思った。走れなくはないが、痛みでスピードが上がらない。

サポートのヒデさんに、マッサージをしてもらった。強烈なマッサージだった。その後はかなり良くなって、しばらく痛みを忘れて走れた。ただ、残り10kmくらいでまた痛みが始まった。騙し騙し行くしかない、という感じで1本目のゴールに向かった。

路上のレジャーシートでランナーの脚をケアするサポートクルー
路上でヒデさんによる強烈ケア。トラブルはサポートに何度も助けられた。

ゴール直前では、30分ほど目を瞑ったが、眠ることはできなかった。心理的な不安や興奮というより、そもそも30分しか時間がなかったので、単純に眠れなかった。2本目のスタートまで時間の余裕は多少あったが、想定していたよりも休む時間が少なくなってしまっていた。昨日の暑さでスピードが上がらなかったことが、一番の要因だった。


ニューハレ竹谷さんのテーピングで、「これなら行ける」


膝まわりにテーピング。ここから2本目へ向かう。

1本目のゴール地点では、ニューハレの竹谷さんがテーピングを準備してくれていた。マッサージガンを当てながら、テーピングを貼ってもらう。

痛みが出ていたので、内心、テーピングは手遅れだと思っていた。テーピングは痛みが出ないように予防的に貼っておくもので、出てしまったら、痛み自体は抱えながら行かないといけない、と。

ただ、貼り終えた時点で、脚を曲げても痛くないし、違和感が全くなくなっていた。マッサージ効果もあったと思うが、痛みが消えたことで、強く行けると思えた。テーピングの効果をとても感じた。

そして実際、2本目がスタートしても鵞足炎の症状は全くなかった。20kmくらい走ったらまた痛くなるのだろうかと思っていたが、その後も長い間痛みは出なかった。理論としては筋膜を緩めるということだと思うが、とにかく効果があった。


2本目の序盤 — グループランの感覚


TDT100のランナーたちと。人と走ると、同じペースでも楽になる。

2本目は、ルール上サポートがない。ペーサーも山パートから。だからこそ、応援や、一緒に走るランナーの存在が大きかった。

2本目の序盤は、全くキツくなかった。TDT100に参加している30数名のランナーたちと一緒に進んだので、気持ちが軽かった。脚が痛くないことで、スムーズに走ることができた。

暑さはあったが、昨日の暑さを経験しているので、どう対応したらいいかは分かっていた。昨日よりも楽に感じた。おそらく、暑熱順化が進んだのだと思う。

TDT100のランナーたちと一緒に進んでいると、グループランをしている感覚になった。楽しかった。20〜30kmくらいまでは楽に走れた。ただ、皆のペースが少し上がって、ついていけなくなった。

そこから淡々と進んでいたが、ぶどう坂連のハギさんが、ずっと一緒に走ってくれた。ハギさんは「おしえてマイルストーン」担当。一人で走っているのと、人と走っているのとでは、同じペースでも感じ方が全く違う。とても楽になる。山パートまでのロードを、ずっと一緒に走ってくれた。とてもありがたかった。

ずっと一緒に走ってくれたハギさんに感謝。

会話は、たわいもないものだった。特別な励ましではなく、その普通の会話が良かった。一緒に走れて楽しかった。


2本目の山 — 睡魔

最後の山パート前。

2本目の山パートからは、山口さんがペーサーに入ってくれた。ラストまで。過去のTDT100でも同じようにやってくれたので、安心してついていくだけだった。引っ張ってくれる人。安心して任せられる人。

夜の山道脇のベンチで仰向けに仮眠をとるランナー
山道の脇で1分、3分の仮眠。山口さんが時間を見てくれた。

睡魔はかなり来ていたが、淡々と登り続けられた。とても苦しいということはなかった。ただ、ペースは徐々に落ちていった。脚の痛みはほぼなかった。ここでも、テーピングの力を感じた。

睡魔への対応としては、1分寝たり、3分寝たりを、合計3回くらいやった気がする。カフェインを取って少ししてから睡眠を取ると、覚醒感が強く出ると思っている。それを実行した。1分、3分という短い仮眠のあいだは、山口さんがタイムキーパーをしてくれた。

山口さんと。

波が来るたび、ストレッチで戻す

2本目の後半は、同じ強度で走っているのにペースがどんどん落ちて、スピードが出なくなる状態だった。走れるが、スピードが上がらない。

波があった。順調に走れる時間と、スピードが上がらない時間が、交互に来る。スピードが上がらない波は、早ければ数百メートルで来る。

 

そのたびに、ストレッチをして身体をリフレッシュさせた。特に伸ばしていたのは、臀部と大腿四頭筋。数キロに一回はストレッチで身体を戻して、また思ったスピードで走り出す。その繰り返しだった。

補給は、途中からきつくなってきた。ただ、後半は暑さと低出力で、さほど食べなくても走れた。ポカリスエットをカロリー源にして走っていた時間も、数時間はあったと思う。大きな胃腸トラブルがなかったこと、固形物が食べられたことが大きかった。


灼熱の最終ロード

遊歩道を並走する3人のランナー
灼熱の市街地。

最後のロードに入るときは、「ここまで来たら行ける」と思っていた。ただ、ここでも波が訪れて、スピードが極端に落ちる局面が出てきた。波が来るたびに、ストレッチで身体を戻しながら進んだ。

後半のロードは灼熱だった。特にゴール手前は、3日間で一番暑かったかもしれない。ペースは落ちるし、水をかぶらないと厳しい。

残り40kmくらいで、リョウさんと、そのペーサーのゼンさんと一緒になった。互いに励まし合いながら、一緒に進んだ。一人では走りきれなかった。ペーサーや、一緒に走っているランナーの存在が、とても大きかった。


なにわエイドと、駆けつけてくれたみんな


高架下のなにわエイド。めちゃ元気が出た。

なにわエイドでは、明石焼きを出してくれている。そこにいるのは、全員知っているメンツだった。知っている顔に会うと、俄然元気が出る。みんなに声をかけてもらって、残りのロードを進む気持ちが楽になった。関西のみんなに感謝。

関西の仲間に会えた。

ずっとサポートで付き添ってくれた、じゅんこさん、ヒデさん、まさつる君。急遽サポートに入ってくれた坂本さん。突然現れて応援してくれた、いっちーさん。仕事が忙しい中駆けつけて、ずっと水をかけたり応援したりしてくれた阪東さん。本当に助かったし、元気が出た。


ゴールを噛み締めた

羽田の大鳥居の下、逆光の中でゴールテープに手を伸ばすランナー
サロ門に還ってきた。約53時間50分くらいか。

実際にゴールが見えてきて、歩いてもゴールできる状況になった。そこで、ゴールを噛み締めようとペースを落とした。最後尾になって、ゴールに向かった。

とてつもなく晴れやかな気分だった。

200マイルを走れるという自信があったからこそ、みんな挑戦した。でも、実際は不安もあった。目の前にゴールが来ると、気持ちが高揚したのは間違いない。

そして、一人では絶対に走りきれなかったことを、強く感じていた。仲間のサポート。一緒に走ったみんな。たくさんの応援。全てのことがこの200マイルにとって重要なピースだったと思う。

走り終えた直後、最初に湧いてきた感情は、達成感と、仲間への感謝だった。チーム全員でやり遂げたチャレンジだった。チームの勝利。誰かに勝ったわけじゃなくて、挑戦してゴールを勝ち取ったという意味の勝利だ。

タイムは、両方合わせて約53時間50分。ほぼ54時間。ゴール直後の身体は、意外と元気だった。ビールを3本飲んだ。


走り終えて残ったもの

ゴール後、鳥居の柱にもたれて笑うランナーと差し出された木彫りのだるま
ゴール後。完走者に贈られる『だるま』を手に。

ゴールしたあと、主催のトモさんとしばらく話した。そこで出てきたのが、冒頭の言葉。

ウルトラランニングは世界を平和にする

超長距離を走るランナーたちを、たくさんの人が応援し続けている。ランナーはただがむしゃらにゴールへ向けて走る。そこに感謝や信頼、敬意、つながりのようなものが生まれる。それこそが平和の象徴ではないか。

最初は大袈裟に聞こえたこの言葉が、54時間の体験を言語化してくれた。僕はその54時間の中で、人が人を支え、応援し、ランナーがゴールに向かう場を体験してきた。だから、本当にそうかもしれないと思った。

完走賞として木彫りのだるまをいただいた。まるで宝物をもらったような気分だ。

でも本当の宝物は、走っていた時の気持ち、みんなとの時間、今回の挑戦の思い出、その時々に湧き上がっていた感情。それらすべてではないだろうか。その一つひとつが、この木彫りのだるまに詰まっているように感じている。



54時間、320kmを支えてくれた装備

ここからは、今回のTDT200で実際に使った装備の話をしたい。

ロードシューズ:Mount to Coast R1

レース後、泥と土埃で汚れた使い込まれたロードシューズのアップ
320kmを走り終えたR1。土埃で汚れても、足はほぼ無傷だった。

320kmのうち、240km以上が舗装路や砂利道。その大部分を走ったのが、Mount to CoastのR1

Mount to Coastは、ウルトラマラソンや長時間走を見据えて、長い距離を走り続けるランナーのために開発されたランニングシューズブランド。速さだけを追求するのではなく、距離を重ねても快適さを保ち、足元を安定させることを重視している。R1は、ロードのウルトラマラソンを中心に、日々のロングランやフルマラソンにも対応するモデル。

今回のように、長い時間を低出力で走り続ける場面では、クッションだけでなく、安定感があることが大きかった。クッション性と安定性のバランスがいい。長時間の走行で蓄積する足への負担を抑えながら、自然な足運びを支えてくれる。

独自のレーシングシステムも、長時間で足の状態が変わる場面で有効だった。足の甲と前足部をそれぞれ調整できるので、走行中のむくみやフィット感の変化に対応できる。

320kmも走っているので、あらゆるところに痛みはあった。それでも最後まで粘って走れたのは、シューズも一つの要因になっていると思う。結果的に、足はほぼ無傷だった。小さな水ぶくれが1箇所できたくらいで、足の裏も何てことはない。爪も通常通り。

レース後に靴を脱いだ両足を上から見たところ、目立った損傷はない
走り終えた足。320kmを経ても、大きなダメージはなかった。

日本で展開が始まって間もないブランドだが、長距離用として、かなり完成度の高いシューズだと感じている。トレイルランニングシューズもかなり良い。

トレイルランニングシューズ:adidas TERREX AGRAVIC LT

adidas TERREX AGRAVIC LT
adidas TERREX AGRAVIC LT

山パートは、adidas TERREX AGRAVIC LTを使った。明確にエントリーモデルとして位置付けられているシューズで、スピードが出るようなタイプではない。ただし軽量。今回のTDT200の山パートのように、スピードを出すよりも淡々と進み続ける場面では、そのシンプルさと軽さがちょうどよかった。今回のサーフェスで、今回のスピード感なら、これくらいのシューズの方が走りやすい。

トップス:T8/STATIC/Teton Bros.

トップスは、3枚を着替えながら進んだ。

T8 Trail Tank
T8 Trail Tank
STATIC HIVE SLEEVELESS
STATIC HIVE SLEEVELESS
Teton Bros. Axio Lite Non Sleeve
Teton Bros. Axio Lite Non Sleeve

1本目のロードと山パートは、T8のタンクトップ。かなり軽量で、薄手で乾きが早い。通気も良かった。

1本目の復路ロードからは、STATICのHiveスリーブレス。単純に着替えたかったので、同じように軽量で薄手、乾きの早いものにした。2本目の往路まで使った。

2本目の山パート以降は、Teton Bros.のAxio Lite Non Sleeve。メリノの「暑い時に涼しく、涼しい時に暖かい」という特性を体現できる一枚。涼しくなるというのは言い過ぎだが、他の素材と比べたとき、違いは明確に感じられる。特に湿度が高くて暑い時間帯、夏の夜などは、はっきり違いを感じる。

さまざまなメリノがある中で、特に暑い時期に積極的に着たいと思うのはAxio Lite。化繊混で乾きが速く、非常に薄く、通気性が高い。肌に当たる部分も少なく作られている。夏の炎天下でも、メリノ特有の紫外線カット効果を明確に感じる。ダメージが少ない。

最高の相棒と言えるベースレイヤーで、何枚あっても困らない。僕のアウトドアアクティビティに欠かせない存在。夏のアルプスや八ヶ岳、信越五岳やレイクビワのような長距離トレランレースにも、デイリーにも使える。余談だが、風邪を引いて布団にくるまって熱を出しているときも積極的に着ている。この使い方は本当におすすめ。

ショーツ:patagonia エンドレスランショーツ

patagonia メンズ・エンドレス・ラン・ショーツ 6インチ
patagonia メンズ・エンドレス・ラン・ショーツ 6インチ

パンツは、54時間履き替えなかった。patagoniaのエンドレスランショーツ。名品中の名品。

アンダーウェアなしでそのまま履けて、擦れをとても減らせる。サイドポケットもあまり揺れない。ペットボトルを入れていたくらい。54時間近く動き続けるなかでは、パンツに気を取られないことが大事。違和感がない、擦れにくい、収納が使いやすい。それが大きい。

ケア用品:TOMO'S PIT TENGUBALM/TENGULOTION

TENGUBALM
TENGUBALM
TENGULOTION
TENGULOTION

擦れ対策は、必ず必要。TOMO'S PIT TENGUBALMは必需品。どれだけ脚が残っていても、擦れで進めなくなることがある。あらかじめデリケートゾーンや足裏などに塗り込んでおくことで、トラブルを相当少なくできる。長距離では、脚力や心肺だけでなく、小さな不快感を潰しておくことが重要。

TOMO'S PIT TENGULOTIONも、とても有効だった。ウルトラディスタンスの中盤以降、避けて通れない筋肉の疲労やこわばり。いわゆる「緊張」。これをほぐすことで、フィニッシュラインはより近いものになるはず。最大のメリットは、レース終盤でもフォームを崩さずに走れること。いかに賢く、効率よく走るかは、ウルトラにおいて重要な要素。レースで受けるダメージも軽減できるので、短い期間でリカバリーができて、次のレースに向けたトレーニングを早く始められる。

今回、固まった筋肉で鵞足炎が出たとき、トモさんから助言されて使った。すると、あら不思議。筋肉の張りが取れて、痛みもなくなった。

暑さ対策アイテム

暑さ対策として効果的だったのは、水をかぶること、河川敷の水道、日傘、T8のネッククーラー、氷、アームスリーブ。

日傘は、忘れ物からの急遽購入で、ファミマの軽量日傘。日除け効果はあったが、風に弱く、とても走りにくかった。T8のネッククーラーは、サポートや応援の方からもらった氷を入れて首を冷やすのに使い、かなり効果的だった。アームスリーブは、直射日光を避けるだけでなく、水で濡らすと気化熱で涼しく感じる。ヒートアップを防ぎ、日焼けダメージを減らす意味でも効果的だった。


おわりに

羽田の大鳥居の下で完走者と仲間たちが集まった集合写真
サロ門の下で、サポートのみんなと。一人では、絶対に走りきれなかった。

TDT200は、自分一人の力で走りきったものではない。自分の脚で走ったが、自分だけで進んだわけではない。TDT100に繋げてくれた人がいた。一緒に練習してきた人がいた。サポートしてくれた人がいた。ペーサーがいた。応援してくれた人がいた。一緒に走るランナーがいた。知っている顔が待っていてくれた。そのすべてが、200マイルの重要なピースだった。

走ってよかった。この気持ちを、たくさんの人に共有したい。

そして自分もまた、誰かの挑戦を支えられる人でありたい。

2026/07/10