もくじ

はじめに


3年前、暴風の赤岳は手強かった。

3年かけて、ひとつの挑戦をようやく終わらせた。

スズラン峠の駐車場が見えて、車が見えた。その瞬間、「長い長いチャレンジが終わった」と思った。

旅が終わった、という感覚とは違う。チャレンジが終わって、解放された。そういう感覚だった。普通の縦走なら「まだ歩いていたい」と思うこともあるが、今回は逆で、「終わった!」という解放感が一番大きかった。

2026年6月末、八ヶ岳を無泊で縦走するラウンドに挑んできた。スズラン峠に車をデポして、ロードで40km近く走って八ヶ岳の登山口へ向かい、そこから主稜線を縦走して、再びスズラン峠へ戻ってくる。スタートもゴールも同じ場所というループだ。

距離にして約77km、累積標高は約4,800m、かかった時間はトータルで22時間45分ほど。ただ、この数字だけでは、この山行の厳しさは表しきれない。初挑戦から数えて、3年以上かかった挑戦だった。

このルートを思いついたきっかけ

八ヶ岳を周回するGPSログの地図
スズラン峠を起点に、ぐるっと一周。ロードと縦走を一本につないだ。

最初のきっかけは、単純だった。縦走のあと、車を取りに戻るのが面倒だったのだ。

だったら、最初にロードで車のところから走っておいて、縦走して戻ってくればいい。スタート地点に車を置いて、ぐるっと一周して同じ場所に帰ってくる。そうすれば、車の回収に悩まなくて済む。

そんな、面倒くさがりから生まれたアイデアだった。ただ、実際にやってみると、これが全然簡単ではなかった。

なぜ八ヶ岳だったか。八ヶ岳は、山域がコンパクトにまとまっていて、小屋も多い。それでいて、登り応えのある稜線がしっかりある。いつ行っても最高の山だと思っている。ロードと縦走を一本につなぐラウンドを考えたときに、自然と八ヶ岳が浮かんだ。

過去2回は、途中で敗退している


長い長い梯子

このラウンド、実は今回が3回目の挑戦だった。過去2回は、どちらも途中で敗退している。

初挑戦のときは、ロードを飛ばしすぎた。そのうえ、超強風の赤岳で身体が冷え切ってしまった。風にやられて、左目が真っ白になって見えなくなるという、いま思い出しても恐ろしい経験をした。結局そのときは地蔵尾根でエスケープした。クミコさんのサポートに、本当に助けられた。

昨年のリベンジ挑戦では、一緒に行ったツルゾノ君が潰れてしまった。ツェルトで仮眠させている間に、僕は夜中にロードを30kmくらい走って、車を取りに行くことになった。挑戦というより、ちょっとしたトレーニングのような夜だった。

そんなふうに、思いついてから達成するまでに、3年以上かかってしまった。

今回のスタイルと、一番意識したこと


観音平登山口手前に立派な案内図が。

今回の装備の考え方は、登山でもないし、トレランでもない。泊まったりしないけれど、ファストパッキングに近い考え方だ。

補給は、基本的にすべて自分で持つ。時間があれば、小屋で大きな食事をすることもいいかなとは思っていたが、基本は自分が持ってきたものだけで済ませていく。水や飲み物だけは、小屋や水場で補給する。そうなると、必然的にザックは重くなる。トレランで使うような5リットルや10リットルでは入りきらないので、20リットルのザックで行った。

同行してくれたのは、VOLCANO72に挑戦する上村君。TDT200以来まともにトレーニングができていなかったこともあって、正直、不安もあった。

そして今回、一番強く意識していたことがある。過去2回の失敗の原因は、ロードを飛ばしすぎたことと、赤岳で暴風を受けて大きく消耗したこと。この2つが大きかった。だから今回は、「ロードを飛ばさず、一定のペースで刻む」ことだけは、絶対に守ろうと決めていた。

現地までは車で約4時間、上村君と向かった。仮眠は取らず、できるだけ体力を温存するイメージで過ごした。車内では、コースの確認や危険箇所、「ここはこう行こう」といった作戦を話していた。

ロード40km — 下りで胃腸が揺れる

薄明の樹林のロードを走るランナーのシルエット
夜明けの気配のロードを、飛ばさず刻む。

スズラン峠をスタートして、まずはロードを40km近く走る。目標ペースは、なんとなくキロ6分くらいのイメージ。

序盤は、ずっと下り基調だった。ここで、思っていなかったことが起きた。直前まで結構食べていたこともあって、下りで食べ物が胃の中で揺れる。胃腸が上下するような感覚になって、食べても吸収されている感じがしない。

普通のトレランや山登りだと、スタート直後から長い下りをガンガン走ることはあまりない。だから今まで気づかなかったが、たくさん食べた状態で下りを走ると、思った以上にお腹をやられてしまう。このままではまずいと思って、途中で2〜3kmほど歩きを入れて、胃腸を落ち着かせる時間を作った。

ロードの最初が下り基調だと、思った以上に胃腸へ負担がかかる。

これは、今回の新しい気づきだった。走りながら上村君とも「思った以上に胃腸やられるね」と話していた。この40kmの区間には補給箇所が一切ないので、補給食はすべてザックに入れて進んだ。ペースを最後は少し調整して、最低点にあたる観音平の登山口へ着いた。

観音平から編笠山へ — 頑張りすぎない区間

苔むした岩と木の根の急登を登る後ろ姿
観音平から編笠山へ。八ヶ岳らしい、苔と岩の急登。

観音平で、特別なスイッチが入るような感覚はなかった。少し補給を入れてから、登山を始めた。ロードとは景色が変わって、新鮮な気持ちになった。

観音平から編笠山までは、最初から1000m近い直登になる。下りがなく、一気に登る。ただ、ここは自分の中で「頑張りすぎない区間」だと決めていた。

本来なら一泊二日や二泊三日で歩くようなルートを、今回は無泊で行く。だから、速く登ることではなく、止まらず最後まで動き続けることを優先する。ペースは、呼吸は少し上がるけれど、会話ができる程度。荷物も重くて心拍数だけでは判断しづらい状況だったので、心拍は見ず、経験から体感だけで判断した。「これ以上上げると後半が苦しくなる」という感覚を、大事にした。

ロードを走ってきたが、脚へのダメージは大きくはない。登り自体はスムーズだった。もちろんきついのだが、脚は残っている。八ヶ岳特有の、少し湿った、苔と、岩と土が混じった森。景色もすごく良くて、「ああ、やっぱり八ヶ岳に来たな」と思えた。


編笠山、2524m。ここからさらに登っていく。

編笠山まで登ると、南アルプスや、富士山、そして赤岳が見えてくる。「あれを登るんだな」と思う。赤岳は、やっぱりかっこいい山だ。この時点では、赤岳を登るまでが一番の核心で、そこを越えたら気持ちのいいハイキングのようなものかな、と思っていた。

同行の上村君は、非常に余裕があった。登りも速くて、「やっぱり強いな」と思った。ただ、そこでついていくことはしなかった。多少待ってもらう場面もあったが、最後まで自分のペースを守った。

赤岳へ 

鎖場の鉄梯子で笑顔を見せるランナー、眼下に緑の谷
権現岳から赤岳へ。鎖場と梯子の連続が続く。

編笠山から権現岳を越えて、いよいよ赤岳へ向かう。

赤岳は、岩場があって、長い梯子もある。一般的には少し難しいと言われる山だ。ただ、風が吹いていなくて、雨が降っていなければ、普通に登れる人の方が多いと思う。今回は天候が良かったのでスムーズに登れた。長かったけれど。

それでも、赤岳をナメてはいけない、という気持ちはずっとあった。3年前、ここで暴風に吹かれて左目が見えなくなった。風や雨が吹くと、赤岳はレベルが変わる。恐ろしい山に、急に豹変するような感覚。晴れた日にスムーズに登れているからこそ、あのときの怖さを思い出して、慎重になった。

赤岳、2899m。何度来ても良い。

赤岳を越えると、小屋にも寄った。といっても、食事をするわけではなく、水を買ったり、ちょっとしたチョコレートを買ったりする程度で、どんどん進んでいく。横岳、硫黄岳、そして天狗岳へ。この区間が、八ヶ岳の稜線の中でも一番見応えがあって、登り応えのある、気持ちのいい稜線だ。天気も良くて、かなりテンションが上がって、気持ちよく進めた。

硫黄岳の黒い岩壁と崩落した爆裂火口壁
硫黄岳の爆裂火口。八ヶ岳でしか見られない岩肌だ。

特に印象に残っているのは硫黄岳。あの壮大な岩肌は、八ヶ岳でしか見られないような景色だ。その時は足を止めて、景色のよく見える場所まで行って、写真も撮った。「高い山まで登ってきたな」という実感が湧いた瞬間だった。

ハンガーノックと、補給の反省


ついつい補給は後回しになる。

この山行で、一番の反省がある。補給だ。

今回持っていったのは、OIENA、ジェル、アップルハニー、ラムネ、ドライフルーツ、ナッツ、それから水で戻すフリーズドライ。ジェルは即効性があって、軽くてエネルギー効率がいい。ラムネはブドウ糖を補給できるし、噛みたいという欲求も満たしてくれる。ナッツやドライフルーツは、噛む満足感。フリーズドライは、水で戻すとしっかり食事をした感覚になる。OIENAは、そのままジェルとしても、水で割ってドリンクとしても使える。役割を分けて、ひと通り揃えていた。

補給の知識は、自分なりに十分あるつもりだった。それなのに、途中から「今はまだいいか」「食べながら歩くのが面倒だ」という気持ちが出てしまった。結果、ハンガーノック気味になった。これは大反省だ。

持ち直せたのは、アップルハニーだった。高カロリーで、低GI、キャップ付きで飲みやすい。これを補給して、少しずつ力が入り始めた。ただ、完全に戻るまでには約1時間かかった。その1時間は、「やってしまった」という反省を抱えながら歩いていた。

途中、上村君からは「山根さん、いつも補給が大事って言ってるでしょ」と、笑いながら突っ込まれた。まったくその通りで、返す言葉もなかった。

北八ヶ岳、そして蓼科山からの下り


雨のあとで、岩も土もよく滑った。

天狗岳を越えて、東天狗を過ぎたあたりから、雰囲気が北八ヶ岳らしく変わっていく。稜線が終わって、また苔むした森が出てくる。

八ヶ岳はもともと湿った感じのある山域だが、この日は先々週あたりに大雨が降っていて、さらに濡れていた。岩がすごく滑るし、土も滑る。下りで、かなり消耗した。自分は下りがそんなに苦手なタイプではないのだが、それでも、ガレていて、濡れていて、土も滑る。コンディションとしては、なかなか難しい下りだった。

赤岳までが核心だと思っていたのに、実際は後半のほうが想像以上に厳しかった。登りもきつかったが、下りはもっときつい、というのが正直な印象だ。コースタイムは気にしない方がいいとわかっていても、やっぱり気になってしまって、「スピードが上がっていないな」と思いながら進んでいた。


日が傾く。日が変わるまでにはゴールしたい。

暗くなってヘッドランプを点けて進む。最後に蓼科山を登り切っても、そこから一気に700〜800mを下らないといけない。しかも、そのサーフェスが本当にガレガレで、斜度も、最大で30%近い瞬間があった。短い距離とはいえ、その激下りで、足に大きなダメージを受けた。最後の最後まで、下りだった。

雨も降り始めていた。とにかく長い。終わることは分かっているのに、標高がなかなか減らない。「明日は筋肉痛だな」「嫌だな」と考えながら、ひたすら下っていった。

ゴール 「終わった!」

そうして、スズラン峠の駐車場が見えて、車が見えた。

そこで初めて、長い長いチャレンジが終わった、と思った。旅が終わったというより、解放された、という感覚だった。夜へ変わる静かな時間帯、終わりは見えているのに、まだ距離も、標高も、時間も必要で、その重さがずっと気持ちに乗っていた。そこから解放された気分。

3年以上かけて思い描いてきたことを、やり切れた。途中で潰れかけたけれど、最後までやり切れたのは、間違いなく上村君のおかげだ。感謝しかない。

3年前と、何が変わったのか

3年前との違いは、脚力ではないと思っている。

変わったのは、長時間動き続ける感覚を、以前より理論的に理解できるようになったことだ。今回、ロードでペースを守れたこと、補給の失敗から立て直せたこと、焦らずに進められたこと。これらは全部、過去の失敗があったからできたことだった。

縦走後に車を取りに行くのが面倒だなと、思いつきから始まったチャレンジだったが簡単ではなかった。初挑戦から、3年以上かかった。距離と累積だけでは言い表せない山行であった。

トータル78km D+4800m 22時間45分

この挑戦を支えた装備

ロード、登り、岩場、泥、雨。今回のコースには、さまざまな路面やコンディションが詰まっていた。今回も、いろいろな装備に助けられた。ギリギリになればなるほど、道具のありがたみが分かる。今回使ったギアを、少し詳しく書いておきたい。

バックパック:SAMAYA UltraPace

SAMAYA ULTRA PACE
SAMAYA ULTRA PACE

補給を全部持って無泊で行くとなると、トレランで使う5リットルや10リットルでは入らない。今回は20リットルの、SAMAYAのUltraPaceを選んだ。

防水性のあるザックで、一番の特徴は前側の作り。トレランベストのような作りになっていて、サイドをダイヤルでクルクルと細かく調整できる。このフィット感がとにかく高い。荷物を入れても揺れず、普通に走れてしまう。今回のような挑戦的な山行では、自然と手が伸びるザックだ。そして何より、格好いい。

トップス:Teton Bros. Axio Lite Tee

Teton Bros. Axio Lite Tee
Teton Bros. Axio Lite Tee

こういう山で着るのは、たいていメリノウールだ。中でも、アクティブに動けるメリノとして選んでいるのが、Teton Bros.のAxio Liteシリーズ。今回はそのTシャツを着ていった。

メリノなのに、すごく薄くて、汗をかいても乾きやすい。「暑い時に涼しく、寒い時に暖かい」とよく言われるが、実際には暑い時は暑いし、寒い時は寒い。それでも、他の素材と比べると、不快感が明らかに少ない。特に感じるのは、汗をかいて乾いたあと、元の状態に戻っていること。変な匂いがしないのはもちろん、汗が残っているような感じがなくて、きちんとリセットされる。この感覚が、Axio Liteのすごくいいところだ。

真夏にメリノを積極的に着たいと思えるようになったのは、このAxio Liteが大きなきっかけだった。数年前に素材が変わって、さらに良くなった。長袖、半袖、ノースリーブ、フーディと揃えていて、普段着としても使う。どんな天候でも安心して選べる一枚で、信頼感が半端ない。持っていない人には、ぜひ持っていてほしいアイテムだ。

ショーツ:milestone Fast Trail Shorts

milestone Fast Trail Shorts
milestone Fast Trail Shorts

ボトムスは、何にしようか結構悩んでいた。そのタイミングで、milestoneのFast Trail Shortsが新しく発売された。ちょうどいいなと思って履いていったら、実際にちょうど良かった。

名前のとおり、トレイルを速く行くためのショーツだ。かといって「ザ・ランニング」という感じでもなく、一般的な登山よりは速く進むような山行に、ぴったりのバランス。すごく軽くて、汗をかいても濡れてもすぐ乾く。多少の撥水性もある。ポケットが大きく、携帯電話は別のポケットに収まるので、中で物が動かない。手袋や手ぬぐい、補給食など、サッと入れたいものをポンポン収納できて、それでいて揺れず、引っかからない。走れるけれど丈が短すぎず、山登りにちょうどいい丈感だった。

ハードな山行だったので少し汚れてしまったが、そのシミを見るたびに、八ヶ岳での時間を思い出す。薄い色なのも、いい。

シューズ:LA SPORTIVA Prodigio Pro

シューズは、LA SPORTIVAのProdigio Proを選んだ。トレランシューズではあるのだが、ソールがかなり一枚ものに近い感じで貼られているのが、大きなポイントだ。

軽量化のために中抜きしてあるシューズもいいのだが、岩場では、可能な限り全体にソールが貼ってあってほしい。変なところで滑らないように、壊れないように。完璧な一枚ものではないけれど、ほぼ一枚もの、という安心感がある。そのうえで、ロードがすごく走りやすい。きちんと反発してくれて、多少の厚みもあって、気持ちよく走れる。かといってトレイルが歩きにくいわけでもなく、登りも下りも、ぐにゃっとぶれることなく安定している。ロードも走れて、山でも安定する。今回のような山行には、ベストなチョイスだった。

もうひとつ良かったのが、足首まわりがゲイターのようなソックス構造になっていて、先がきゅっと閉まっていること。八ヶ岳は岩場も多いが、最初の登りなどは、小さなゴミや枝、砂利が入りやすいサーフェスだ。それがまったく入ってこない。このストレスが皆無なのが、Prodigio Proを選んで良かったと思うところだ。アッパーもフライニットで破れにくくて強い。今あるシューズの中では、かなり上位の好感を持っている。

ソックス:THE NORTH FACE Trail Durable Wool Crew

THE NORTH FACE Trail Durable Wool Crew
THE NORTH FACE Trail Durable Wool Crew

ソックスは、THE NORTH FACEのTrail Durable Wool Crew。これは本当にずっと愛用していて、厳しい山行や厳しいトレイルランニングレースだと、もうこれしか選ばない。

ウールの靴下で、タイトすぎず、強いサポートをしてくれるわけではないのだが、履いていて違和感がまったくない。ずれないのに、グリップが効きすぎて中で靴擦れするということもない。足のトラブルがとにかく少ない。山の超長距離では、これ以外は履けないんじゃないか、というくらい気に入っている。破れないので、替えとして何枚かストックして持っておきたい。カラーバリエーションがどんどん減っていて、今は黒くらいしかない雰囲気になっているが、これがなくなると本当に困る。

おわりに

道標の前で並んで自撮りする2人のランナー
一人では、やり切れなかった。上村君と。

八ヶ岳はいつ行っても最高だ。厳しい山であることは間違いないが、コンパクトにまとまっていて、小屋も多く、楽しみ方はたくさんある。このラウンドチャレンジは、ひとまず一区切り。しばらくは、もう十分。次はまた違う形で、新しい遊びに挑戦してみたいと思う。

2026/07/10